2023年05月17日

父の兵隊の記憶 11 特攻志願

四月に上等兵になり、五月には兵長になっていた。

船の中では下っ端であったので、飯の準備等をしなければならなかったが

兵長になるとしなくてもよいので、楽であった。


佐世保で防空壕掘りをしていたが、ある日、

「ごちそうを食わせるので、行かないか?」 と、特攻の募集があった。

どうせ死ぬのだから、ごちそうを食べて死ぬ方がええと、志願することにした。

防空壕掘りで、一着しかない服が汚れるのも嫌だったし・・・・。

その時、石橋は当直でいなかったので、一緒に行けるように、

石橋の名前も書いておいた。


五月七日、横須賀に着いた。

そこで、潜水服を着て、酸素ボンベをかついで海に潜る訓練をした。

人間機雷と呼ばれた、簡易潜水器を装着して、五メートル程の竹竿の先につけた棒機雷で

敵の船を爆破させる特攻であった(伏竜)。

志願した中で、潜水をするのが三分の一、整備を希望する者が三分の二であった。

船を爆破したら、自分も一緒に死ぬのである。

胸と足に鉛の重りをつけて、全部で六十キロ位あったが、海の中では楽に歩けるので

一時間に二キロは歩けた。

海の中は、昆布などが二~三メートルも伸びて、林のようであった。

装備をつけて海の中を歩き、空気を出したり止めたり調節する稽古を交替で、

五月から七月末までしていた。


練習中に、敵機グラマンが機銃掃射に来て、あわてて潜水服を脱いでいる時に、

「早脱がせ!」と石橋に喋っていたら、装具が口に当たって前歯が一本折れてしまった。

でも、その時は痛くなかった。


海の中で歩けるようになって、八月の初め、横須賀から長崎の川棚という特攻基地へ行った。


父の兵隊の記憶 11 特攻志願



































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Posted by まこさく  at 17:16 │家族